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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)11557号 判決

大阪市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

田端聡

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

新日本証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

伊丹浩

主文

一  被告は原告に対し、金四五七万八八四二円及び内金四一七万八八四二円に対する平成元年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一一四四万七一〇六円及び内金一〇四四万七一〇六円に対する平成元年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  ワラントとは、昭和五六年の商法改正で新設された新株引受権付社債(ワラント債)のうち、社債部分と切り離して取引の対象とされる新株引受権(いわゆる分離型)のことである。

2  本件ワラント取引

原告は、平成元年六月九日、被告東大阪支店のセールスマン(B)の勧めで、被告から日本電装ワラント(外貨建)(数量七〇、代金一〇四四万七一〇六円〔円換算〕、権利行使期限平成五年六月一日)を購入した(以下「本件取引」という)。

3  本件取引における違法性

(一)  (発行前取引の違法)

本件取引は本件ワラントが海外市場で発行される以前に発行価格より高額で売買されたものであるが、発行前取引には法的根拠がなく、証券取引法に基づく被告の「証券業」の範囲を逸脱する行為であるとともに、証券取引法上のディスクロージャ規制や業界の自主ルール(海外市場での発行後三か月は国内で売買しないこと)にも違反する。

(二)  (適合性の原則違反)

証券会社のセールスマンは、投資家の意向・投資経験・資力等を考慮し、ワラント取引が行なえるだけの適合性がなければ、その投資家にワラントの購入を勧誘してはならないところ(適合性の原則)、原告は昭和五九年ころから被告東大阪支店との取引を始めたものの、小さな町工場の一経営にすぎず、当初からリスクの大きい信用取引は一切行わず、現物株式や転換社債といった堅実な取引のみを行ってきたものであって、原告にはワラントを購入するだけの適合性がなく、Bが原告に対しワラントの購入を勧誘したこと自体、違法である。

(三)  (説明義務違反)

証券会社のセールスマンが顧客にワラントの購入を勧誘するにあたっては、その取引が投機的で場合によってはかなりの損が出ることや、その仕組み(特に権利行使期間を過ぎると全く無価値になること)、取引方法(日本の証券取引所では上場されてなく、証券会社と投資家との相対取引・店頭取引であること)など、その意向・投資経験・資力等に応じて、顧客が自己の判断と責任で取引が行えるよう十分な説明をする義務があるところ、原告はBからそのような説明を受けたことはなく、そのため一種の債券であると思い込み、本件ワラントを購入したのである。

(四)  (断定的判断の提供)

証券会社のセールスマンが顧客にワラントの価格変動につき断定的判断を提供することは証券取引法五〇条一項一号、公正慣習規則八号九条三項一号で禁止されているところ、本件取引の際、原告が「わけわからんの、かなわん」と断ったのに、Bから「これは絶対大丈夫だから、是非買って下さい。」などと言われ、原告は強引に押し切られて購入させられたのである。

(五)  (事後の情報提供義務、助言義務違反)

ワラントについて十分な判断ができないため仮に放置すれば重大な損害を蒙りかねない顧客にワラントを購入させた場合、証券会社やその担当者には、事後の情報提供義務又は助言義務があると解すべきところ、原告は十分な投資判断を行えないのに、本件取引後平成三年一一月まで、被告や担当者から本件ワラント価格の情報提供や何らかの助言を受けたことは一切ない。

(六)  仮に右(一)ないし(五)の各行為がそれぞれ独立して違法とはいえなくても、これらの行為を一体として見れば違法である。

4  被告の責任

(一)  不法行為責任(民法七〇九条)

前記3の各行為は、被告自ら原告の権利を違法に侵害したものである。

(二)  使用者責任(民法七一五条)

右の各行為は、被告のワラントの販売という事業の執行につき、その従業員(Bや他のセールスマン)によりなされたものである。

5  原告の損害

(一)  財産的損害 一〇四四万七一〇六円

平成五年六月二日本件ワラントの権利行使期間が経過したため、本件ワラントは無価値となり、原告は購入代金相当額の損害を被った。

(二)  弁護士費用 一〇〇万円

右合計額 一一四四万七一〇六円

よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として、金一一四四万七一〇六円及び内金一〇四四万七一〇六円(損害のうち弁護士費用を除いたもの)に対する不法行為の日(本件ワラントを購入した日)である平成元年六月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3(一)のうち、本件取引が海外市場での本件ワラント新規発行払込期日の前に行われたこと、発行価格より高い価格で売買されたことは認めるが、原告主張の自主ルールの存在は否認し、その余は争う。

本件取引は、流通市場での相対売買であり、停止条件付売買として当時認められていた。

3  同3(二)のうち、原告が昭和五九年ころから被告東大阪支店と取引を始めたこと、町工場の社長であったこと、信用取引をせず、現物株式や転換社債の取引を行っていたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

原告は、本件取引以前に、為替リスクのある外国債券や外国株式の取引を行っており、投資態度も、新規発行のものは確実に儲かるとして積極的に投資する一方、新しい商品の取引については極めて慎重な方であった。

4  同3(三)は否認する。

本件取引に際し、Bは原告方を訪問して資料を交付したうえ、ワラントの特質やワラントには権利行使期限があることなどを、転換社債を引合いに出して詳しく説明した。

また、本件取引前の昭和六三年六月二四日にも、原告は、被告の別の担当者(C)から、ワラントは新株引受権という権利であること、株価に連動して価格が変動すること、権利行使期限後は無価値になることなどの説明を受け、伊藤忠ワラント(数量五〇)を購入しているし、同年八月から原告の担当になったBからも、ワラントについて詳しく説明を受けるとともに、右伊藤忠ワラントの手仕舞いを勧められ、平成元年一月ころこれを売却した経験がある。

5  同3(四)は否認する。

6  同3(五)は否認ないし争う。

Bの後任(D)も原告に対し、定期的に本件ワラントの価格状況を報告するとともに、平成二年七月中旬ころ、今の内なら損が出ないか僅かの損で済むとして、本件ワラントの売却を強く勧めたが、原告がこれに従わなかったのである。

また、被告東大阪支店のE次長やF課長は、平成二年六月二〇日、原告を入院先の病院に訪ね、本件ワラントの詳しい説明をするとともに、同年一一月一三日にもE次長が繰り返し説明した。

7  同4、5はすべて否認ないし争う。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

二  本件取引における違法性

1  (ワラントの特質)

一般に投資家が証券取引を行うのは、売り気配と買い気配により形成される相場の変動を利用して、売却時の相場が購入時の相場より上昇していることによる差益を得ることを目的とするものであるが、相場は経済情勢や政治状況等多くの不確定な要因により変動するものであり、個々の投資家にとって必ずしも有利に変動するとは限らないから、証券取引は投資家にとって相場の下落による損失を負担すべき本来的に危険を伴う取引である。そして、証券会社やそのセールスマンが顧客に提供する情報も、このような不確定な要因を含む将来の予測にとどまらざるを得ないから、投資家は、この情報などを参考にして自らの判断と責任で取引を行うことが求められている(自己責任の原則)。この点はワラント取引についても基本的には同様である。

しかし、ワラントは商品化されて日がまだ浅く(外貨建てワラントは昭和六一年一月から国内での流通が解禁された)、一般投資家にとって馴染みの薄い商品であったばかりか、価格形成の仕組みが複雑で多少の投資経験をもつ投資家でもなかなか理解できない点があり、また、同じ銘柄の株式に投資するより多くの差益が期待できる一方、株価の下落による損失が激しく(いわゆるハイ・リターン、ハイ・リスク)、権利行使期間が過ぎると投資額がゼロになるなど、他の証券と比較し、より危険性の大きい商品である(当裁判所に顕著な事実)。

2  (説明義務違反)

(一)  このワラントの特質に鑑みれば、証券会社やそのセールスマンが顧客にワラントの購入を勧誘するにあたっては、その意向・投資経験・資力等に照らし、顧客が自己の判断と責任で取引ができる程度にワラント取引の仕組みやその危険性について十分説明すべきであり、いやしくも説明不足による誤解から顧客に不測の損害を被らせてはならないのであって、これは証券取引法上の規制の有無を問わず、ワラントという危険な商品を取り扱う証券会社やそのセールスマンに課された顧客に対する信義則上の義務というべく、この義務に違反する行為は社会的相当性を欠くものとして違法と断ぜざるをえないのである。

(二)  原告本人は、本件取引に際しBからワラントについて特に説明を受けたことはない旨供述するので、右供述の信用性について検討する。

(1) 証拠によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

A 原告はかって被告から伊藤忠ワラントを購入したことがあったが、昭和六三年八月ころ原告の担当になったB(被告のセールスマン)は、その経緯や原告の投資傾向等について、前任のセールスマン(C)から特に引継ぎを受けたことはなかった(乙四の22、B証人)

B 当時右ワラントを売れば一割以上の利益が出たことから、Bは手仕舞いを勧めたものの、原告は、有価証券の売買では元手の二、三割は儲けたいなどと言い、Bの助言に従わなかった(B証人)。

C また、本件ワラントの価格が値下がり始めた平成二年四月ころ、Bに再度手仕舞いを勧められた際も、原告は株式と同じ感覚で、待てば上がるなどといって断った(B証人)。

D 平成二年五月から原告の担当を引き継いだDも、同年七月ころ原告に手仕舞いを勧めたが、原告は損を承知で売ることはできないと、Dの申出を断った。

しかし、その際ふたりの間に、本件ワラントの権利行使期間に関する話が出たことはない(D証人)。

E 被告作成にかかる原告宛の預り証券残高明細書には、ワラントの価格の増減に関する記載はなく、権利行使期間についても、平成二年八月以降の明細書に行使最終日の記載があるのみで、右期日を過ぎればワラントが無価値になるとの記載はない(乙五の4、5、六の1、七の2、九の1、一二の1ないし18)。

F そして、平成五年六月二日、本件ワラントの権利行使期間が経過し、本件ワラントは無価値となった(弁論の全趣旨)。

以上の事実を総合すると、原告は、本件ワラントを購入したころ、権利行使期間が経過すれば無価値になることを知らなかったことが推認されるから、Bからワラントについて特に説明は受けなかったという原告の前記供述は十分に信用することができるといわねばならない。

(2) この点について、B証人は、ワラントが株式以上に値動きの激しい商品であり、権利行使期間が過ぎると無価値となることを説明したと証言するが、その説明の時期や確認書(ワラント取引について説明を受けた旨のもの。乙三の2)に原告の署名を求めた時期についていずれも証言が曖昧であるばかりか、Bが説明の際に原告に交付したという説明書(乙三の1)にもワラントの危険性は殆ど記載されていないから、これらに照らすと、B証人の右証言はにわかに信用することができない。

(3) また、C証人は、原告に伊藤忠ワラントを勧めた際、ワラントの特質について説明したと証言し、同人の陳述書(乙二三)にも同様の記載がある。

しかし、伊藤忠ワラントの取引が行われた昭和六三年当時、ワラントに関する一般投資家向けの説明書はまだ作成されていなかったし(C証人)、前記(二)(1)の各事実に照らして考えると、C証人の右証言などもとうてい信用することができない。

(三)  このように原告本人の前記供述は信用することができるところ、これによると、原告はワラントの危険性についてそれほど知識がないのに、被告から本件ワラントを購入する際、被告のセールスマン(B)からワラントの特質やその危険性について十分な説明を受けなかったことが認められるから、原告が町工場の経営者で、昭和五九年ころから被告東大阪支店と取引していたことや(当事者間に争いがない)、その取引には、前記伊藤忠ワラントのほか、為替リスクのある外貨建て外国証券が含まれていて、外国証券の取引では損を出していたこと(乙四の7、9、11、13、14、17、22、B証人、C証人、原告本人)などを考慮しても、なおBには、ワラントという危険な商品を取り扱う証券会社のセールスマンとして、顧客に対する説明義務を尽くしていないと言わざるをえないから、本件取引におけるBの勧誘行為は違法であり、原告主張のその余の違法事由につき判断するまでもなく、Bには不法行為が成立するといわなければならない。

三  被告の責任

弁論の全趣旨によれば、Bの違法な勧誘は、本件ワラントの売買という被告の事業の執行につき行われたことが明らかであるから、被告は原告の被った後記損害について使用者責任(民法七一五条)を負うべきである。

四  損害

1  財産的損害

(一)  本件ワラントの購入代金が一〇四四万七一〇六円であることは当事者間に争いがなく、本件ワラントが権利行使期間の経過により無価値となったことは前記認定のとおりであるから、右購入代金全額を本件不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

(二)  過失相殺

もっとも、証拠(甲五四、六三の2、乙八、九の3、C証人、E証人、D証人、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件取引により原告の被った損害は、原告にもワラントの特質やその危険性について碌に知らないのに、被告のセールスマンから十分説明を聞こうともしないで債券と同様のものと思い込んだり、確認書(乙三の2)への署名捺印もその意味を尋ねずに軽率に行ったなどの落ち度があり、これが損害発生の一因となっているばかりか、本件ワラントが権利行使期間の経過により無価値となる前に、被告のセールスマンらから手仕舞いを勧められたのに、その助言に対し謙虚に耳を傾けなかった落ち度があり、これが損害拡大の一因となったことも認められるから、これらを考えると、損害賠償額の算定に当たり、原告のこの落ち度を斟酌するのが相当であり、本件資料に顕れた一切の事情を考慮し、被告には原告の右損害額の五分の二を賠償させることとする。

2  弁護士費用

本件事案の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌し、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は四〇万円と認める。

五  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し使用者責任に基づく損害賠償として金四五七万八八四二円及び内金四一七万八八四二円(弁護士費用相当額を除いたもの)に対する不法行為により損害が発生した日(権利行使期限が経過した日)である平成元年六月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白井博文 裁判官 坂上文一 裁判官入江健は転勤のため署名することができない。裁判長裁判官 白井博文)

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